スケートボードの歴史


スケートボードの歴史

よく、街中で若い子たちが乗って遊んでるものがスケートボードという乗り物。

車輪があるため、うるさい危ないなどといわれる事が多く、周りからは疎遠されがちな乗り物ですが、歴史も深い物でもあります。

スケートボードとは、板に車輪が4つ付いた乗り物であり、呼び名は『スケート』『スケボー』『SK8』と略されることもあります。滑ることは「スケートボーディング」と言われています。
スケートボードは1940年代のアメリカのカリフォルニアで木の板に鉄製の車輪をつけて滑り遊んだことが始まりであり、そして木製の四輪キックスクーターからハンドルを取ったものがスケートボードの原型になり、道具の進化とともに色々なスタイルが出てきました。
60年代の物は、ウイール、つまり車輪なのですが材質はゴム、鉄、プラスチック、粘土などで、サーファーがオフトレして水を抜いたすり鉢状のプールで乗り始めた事から本格的に始まりました。
また、その後、ウィールの材質がゴム製からウレタン製に替わり滑りもよくなっていきにつれて、特にサーファーに人気が集まり、スケートブームの時代がきました。
70年代の中頃には、日本にもスケートボードが上陸。公園や駐車場などで乗る若者が増えていき、また、原宿にある代々木公園の歩行者天国はメッカとされその名を広めました。

後半からはいろいろなスケートパークができ、多いときで大型パークで20個ものパークが作られ、それに連られていろいろな技も生み出されました。

その一つが、オーリーですが、これは1978年、アラン・ゲレファントがランプでボードを掴まずに空中に飛ぶ技を成功させた事で彼のニックネームを取り、この技をオーリーと名づけました。

80年代は、パウエルチームが全盛期を迎え、これは今でも活躍するトニーホーク、スティーブキャバレロ、ロドニーミューレンらが所属していたチームです。またストリートの幅も広がり、その影響になった方がマークゴンザレスであり、オーリーの技を使いいろんなスポットを攻略、現在のストリートスタイルが出来ました。

また日本では、「全日本スケートボード協会」が設立されました。

それ以降、危険なスケートボードも売られてた事から怪我する方が増えたりとしたため、スケートボードも落ち着きを見せ、しばらく静かだったのですがフリースタイラーであったスティーブ・ロコがストリート・スケートを確立させました。

また、同じ頃にクリスチャン・ホソイが音楽とファッションを融合させ、その影響を受けた日本でもこの2人の人物によりスケートボードのブームが再度現れました。

90年代は、ストリートの全盛期を迎え、トリックも難しく複雑化しつつも種類も増えてきました。またデッキの形状は、今現在の形に1番近づき、また、靴もスケート専用の物が出たり、スケーターファッションという単語も定着しつつ音楽やファッションとの繋がりも深くなるとともに、ストリートカルチャーという分野が出来ました。

現在は、日本でもスケートボードが浸透しつつあり、海外に進出する日本スケーターも多くなり、またコンテストなどで好成績をあげる選手も増えています。

ですが、まだ日本では理解がされていない部分もあり、スケートボードを迷惑がる方もいらっしゃいます。
また、ストリートで行う場合も規制があったりと、海外のようになるにはまだ時間のかかりそうなスポーツでもありますが、今は子どもから大人まで、また女の方でもされるようになり、これからのスケートボードシーンが楽しみで期待されています。

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